育児休業からの復職。本来なら喜びとともに仕事に戻るはずのその日が、終わりの見えない闘いの始まりでした。
パナソニックリビング(東京)に勤務する、通称「元社畜さん」は、育休復帰後の不当な配置転換(配転)を不服として会社を提訴。2026年2月、東京地裁は会社側に配転命令の無効と慰謝料などの支払いを命じる一部勝訴判決を言い渡しました。
弁護士を立てない「本人訴訟」で巨大企業に挑んだ彼の原動力と、判決が投げかける社会への一石とは。
「歯を食いしばって働く」日々に抱いた違和感

埼玉県に住み、共働きの妻と4歳の娘を持つ元社畜さん。以前の彼は、その名の通り外勤営業職として数字を追いかける多忙な日々を送っていました。
子どもが生まれた直後、本来なら育休を取りたいタイミング。しかし、職場は男性が「育休を取れる空気」ではありませんでした。「自分が踏ん張るしかない」と歯を食いしばって働いていたある日、彼は新型コロナウイルスに感染します。
そんな彼に上司は、「営業として数字をやり切れ」という非情な言葉でした。
「必死に頑張ってきた気持ちが、バカバカしくなったんです」
このとき、娘は生後10カ月。1歳になる直前、彼は「父親の権利」として育児休業の取得を決意しました。
復職後に待っていた「手取り20%カット」の現実

2023年1月、育休を終えて復職しようとする彼に、上司から短いショートメールが届きます。 「復帰直後は営業のゼッケンは付けられない。内勤の手伝いをしてもらう」
具体的な理由は示されないまま、復職すると元の外勤営業職ではなく内勤職への配置転換が待っていました。それに伴い、給与の約20%を占める「外勤手当(月5万円)」が消滅。手取り額は育休中の給付金よりも少なくなってしまいました。
社内の人事や労働組合に相談しても、「検討の結果、内勤で決定」と冷たくあしらわれる日々。会社のルールに絶望した彼は、外部の労働組合の力を借りて団体交渉に臨みますが、会社側は弁護士を立てて話は平行線のままでした。
「会社のルールに従っている限り、客観的な判断は得られない。社会のルールに照らしてどうなのか、公正に判断してほしかった」
彼は、たった一人で裁判所に訴状を提出することを決めたのです。
2年半の「本人訴訟」で勝ち取った判決

専門的な法律知識が必要な裁判。彼は本やネットを駆使して自ら準備書面を作成し、2カ月に一度のペースで法廷に立ち続けました。
そして2026年2月。東京地裁は、彼の主張を認めました。 判決は、「配転の必要性は抽象的なものに過ぎず、外勤手当の不支給による著しい不利益を負わせた」として、配転命令を無効と断じました。
判決のポイント
- 業務上の必要性の欠如: 営業職に戻すことでトラブルが起きる具体的な恐れはない。
- 著しい不利益: 手当不支給による減給は看過できない。
- 育休法等の遵守: 復帰時の配転は、業務上の必要性が労働者の不利益を相当程度上回る必要がある。
「まだ道半ば」高裁へ向かう使命感

勝訴はしたものの、元社畜さんは「まだ道半ば」と語ります。 現在、彼は営業職には戻れたものの、元いた場所とは全く別の部署に配属されています。また、育休取得後の人事評価の低下や昇進への影響については、今回の判決では認められませんでした。
「復職後1年以内の異動も、指針では育休に伴う不利益な扱いとされるはず。ここを認めさせなければ、安心して長期育休を取る文化は根付きません」
彼は現在も同じ会社で働きながら、次なる高裁での争いに向けて準備を進めています。
「僕みたいな人がやらないと、誰がやるんだという使命感があります。これから育休を取る人たちが、『不利益を被るかも』という不安を感じなくて済むようにしたいんです」
一人の父親が掲げた「公正」への問い。それは、男性育休が「取るだけ」で終わらず、キャリアとの両立が当たり前になる社会への大きな一歩となっています。
